第111日目 2001年12月9日 高知県幡多郡大月町〜高知県宿毛市

Aさんと、お互い頑張ろうと挨拶を交わし、居酒屋幡多郷を後にし、三十九番延光寺を目指す。

平地を進んでいるのにもかかわらず、ペダルがやけに重い。
念の為、自転車から降りて後ろのタイヤを触ってみると、微妙に空気が抜けていた。
原因は、空気を入れるバルブのつけ根。
ここに穴が開いては治しようがない。

積算距離は既に8000キロを超えているので、いつかは来ると思っていたが、これから目的地へ目指そうかという時のトラブルというのは、正直言って気が滅入ってしまう。

衣料品店「しまむら」の駐車場の片隅で後輪を外し修理を開始。
こんな時の為に、替えのチューブを入れておいたのだが、まるでサイズが合わない。
それもそのはず、26インチのチューブのはずが700cだったからである。
今度は買う時はサイクルショップ任せにせず、自分の目でしっかりサイズを確認しないとダメだと思った。

電話ボックスで電話帳を見つけ、周辺の自転車屋に片っ端から電話をかけたが、今日はあいにくの日曜日。
ほぼ全滅かと思った時、一軒だけ電話に応じてくれる所があった。
しかも、軽トラで迎えに来てくれるとのこと。
まさか軽トラの荷台に自転車と一緒に乗れるとは夢にも思っていなかった。

店内に入り、26インチのチューブを探すが見つからない。
店主が倉庫に行って、やっと見つけてくれたのが、最後の一つだったみたいだ。

新しいチューブに替え、しまむらまで軽トラで送ってもらい再出発。
この時点で既に13時を過ぎていた。
もう何もしたくなくなっていたので、宿毛から内陸に約5キロ程進み、「修行」の道場の最終地である三十九番延光寺を打って本日は終了。
近くにあるアサヒ健康ランドで宿泊することに決めた。

2001.12.9-1.jpg
(三十九番延光寺)



距離:24.33km
積算距離:8315.1km
宿泊:アサヒ健康ランド(平成16年閉館)


第112日目 2001年12月10日 高知県宿毛市〜愛媛県宇和島市

健康ランドの仮眠室では、イビキのうるさい人がいなくて熟睡することができた。
朝風呂に入り、頭を剃り心機一転、宇和島へ向けて出発。
昨日、タイヤのチューブを交換したのもあって、タイヤの調子がいい。

天気が良い中、菩提の道場である愛媛県に入り、大きな湖のように見える御荘湾の近くにある四十番観自在寺を打つ。

2001.12.10-1.jpg
(四十番観自在寺)

こんな穏やかな日が毎日続けばいいなと思いながら、約二時間ほどで宇和島へ到着。
時計を見ると、日が暮れる16時まで、まだまだ時間がある。
宿に荷物を置き身軽になったところで、宇和島郊外の四十一番龍光寺・四十二番仏木寺を続けて打った。

2001.12.10-2.jpg
(四十一番龍光寺)

2001.12.10-3.jpg
(四十二番仏木寺)

帰りは下りだったので、宿から10キロ離れているにもかかわらず約20分程で到着する。
今日の宿の名前は金龍荘。金龍山瑞雲寺で育った私にとって親近感を感じる名前の宿だ。



距離:104.11km
積算距離:8419.2km
宿泊:金龍荘


第113日目 2001年12月11日 愛媛県宇和島市〜愛媛県西宇和郡三崎町

朝6時半に朝食の予定だったが、食堂の椅子に座り始めて十数分、待てど暮らせど朝食が出てこない。
「すみませーん、食事まだですか?」と声をかけたら、宿のお婆さんは私が泊まっていることをすっかり忘れて朝食を作っていなかった。
青森のとある宿でお風呂に湯が入っていなかったのに続いて、今回は朝食抜きだ。

「近くのコンビニで弁当買うからいいですよ」と言ってもお婆さんはひたすら私に謝った。
「ごめんなさい、これ持って行ってね」
ビニール袋の中身を見ると、おにぎり・お茶・大量のミカンと茶封筒に朝食代600円が入っていた。
このお婆さんの誠意あふれる行為に感動。
やはり人間は正直でありたいと思った。

吉田町を過ぎ、坂のトンネルが9つ、最後にダメ押しの10番目の法華津トンネル、距離にして1.3キロを後続車に注意しながら進む。
坂を下って四十三番明石寺を打った。

2001.12.11-1.jpg
(四十三番明石寺)

八幡浜を境に、八十八ヶ所巡礼は一時中断し、日本一細長い佐田岬半島を通り、約50キロ先にある佐田岬を目指した。
岬へ通じるメロディラインは、尾根伝いに造られた道路で、左右を見ると、はるか下に海と集落が見える。
車なら最高に楽しい道路だと思うが、尾根伝いだけに風が強く自転車にとっては辛い。

疲れたのでコンクリートで出来た立派なトイレで休憩していると、ウエストポーチに入っている携帯電話が鳴った。
通話すると大雄山最乗寺の橘さんからで、来年の1月1日元旦から7日まで御祈祷を手伝って欲しいとのこと。
私は12月31日までに行きますと伝えて電話を切った。
この電話を受け取った時点で、旅の期限は12月29日までと決める。
「残り18日、頑張るぞ!」と気合を入れた。

14時、三崎に到着。
今日泊まりたいライダーハウスに電話をするが誰も出ない。
直接行っても鍵がかかっており、本当に誰もいないようだ。
野宿は六部堂で懲りていたので、電話帳を頼りに宿を探してみるが「うちはダメです」と5軒連続断られた。
観光客もいないこんな時期に、なぜダメなのか理由を聞く気力も無いし、時間がもったいないので野宿覚悟で佐田岬を目指す。

さらに、行った所に「大岩」という民宿があったので、ここに泊まることに決めた。
宿に荷物を置いて岬を見学。
目の前に十数キロ先の九州佐賀関が見える。
「霊場参拝は疲れるし寒いから、明日、船で九州に渡って沖縄へ行きたい・・・。いや、あと四十五ヶ寺が残っているじゃないか」と自分の心の中で押し問答が続いた。

2001.12.11-2.jpg
(佐田岬灯台)

2001.12.11-3.jpg
(海の向こうは九州  たった16キロしか離れていない)



距離:101.24km
積算距離:8520.4km
宿泊:民宿大岩


第114日目 2001年12月12日 愛媛県西宇和郡三崎町〜愛媛県大洲市

朝5時頃、風の唸る音で目が覚める。
「風の強い日に進むのは嫌だな」と思いながらも朝食抜きで7時半に出発。
8時過ぎると、風が弱くなり、意外と快適に進むことができた。

あと四十五ヶ寺を残し九州へ渡るか渡らないか、揺れ動く心の葛藤を抱えながら三崎のフェリーターミナルに入る。
運航ダイヤを見ると、三崎9時半出港、佐賀関10時40分入港。料金は2等1040円。自転車持ち込み450円とある。

意外と安い値段で九州へ渡ることができるし、瀬戸内海の都市部をカットすれば宿泊費用・食費等など節約できる。

「思いきって、行ってしまおうか!」とその時思った。

その前に、腹ごしらえということでターミナル内にある売店でカップラーメンを買って食べていたら、地元のおじさんに声をかけられた。
「ちょうどあんたの年代の息子が東京に住んでいるんだよ、いずれこっちに戻って家を継いでもらいたい」などの話を聞いているうちに、実家(瑞雲寺)のことが頭に浮かんだ。

9割方九州へ渡ることに心が傾きかけていたが、「おまえはお坊さんなんだろ、徳島で発心したんじゃないのか?祖父の冥福を祈るんじゃなかったのか?」と内なる声が聞こえ、我に返ったところで、再び霊場参拝することに決める。

その後、フェリーターミナルをあとにし、内陸にある大洲目指して出発。
フェリーターミナルで地元のおじさんと会話して思ったことは、食事や会話をすると、考えが簡単に変わることがわかった。マイナス思考の時は、気分を変えるためにおいしいものを食べたり、人と会話をするのもいいのかもしれない。

今日のメロディラインの走行は、昨日苦労した分、楽に感じる。
正午過ぎに八幡浜に入り、時間があったので古本屋にて立ち読みをした。

さて、大洲市内へ行くには夜昼トンネルを進まなければならない。
名前からして長そうなトンネルだ。
このトンネルは八幡浜と大洲を結ぶだけあって交通量は多い、そして長さが2.1キロと長い。
トンネル手前で歩道を確認するが、荷物満載の自転車が通るにはあまりに狭く、後続車に注意しながら道路を行くことにする。
事故に巻き込まれないためにも、ライトが当たると光るウインドブレーカー・腰には赤く点滅するライトを着けて自分をアピール。

何とか、夜昼トンネルを抜け、さらに約1キロの大洲西トンネルを無事に抜けて大洲市内に入った。
今日の宿は大洲ユースホステル
チェックインまで時間があるので大洲城が見える河原で休んだ。

2001.12.12-1.jpg
(大洲城)



距離:73.40km
積算距離:8593.8km
宿泊:大洲ユースホステル


第115日目 2001年12月13日 愛媛県大洲市〜愛媛県上浮穴郡久万町

これから行く所は、標高500mにある久万高原を目指すわけだが、残念ながら午後から雨の予報だ。
しかし、旅をする日程は限られているので、気は進まないが四十四番大宝寺へ向けて出発した。

出発して数キロ過ぎたあたりに、弘法大師が行脚の際、橋の下でお休みになられた場所「十夜ヶ橋」を参拝する。
なんと、橋の下は別格霊場二十ヶ寺あるうちの十番札所となっている。
旅で出会ったお遍路さんが言うには「橋の下で野宿することはできるが、車の往来が激しくて眠れないだろう」とのことだ。

久万高原へ至る国道380号線は、大平川に沿って道路が造られているため、標高が緩やかにあがって行く、大平付近のヘアピンカーブの急坂を気合で進み、真弓トンネルを過ぎた所で標高554m。おそらく、ここが道路の最高地点だろう、ここまで来れば四十四番に行くだけだ。しかし、標高が高いだけあって寒い。「これじゃ野宿は無理だな」と思い宿の確保をする為、某国民宿舎に電話で問い合わせをして見る。

「うちは素泊まり4200円で、食事無しだと4700円になります。今日は一人部屋が無いので三人部屋になりますので、一人当たり1000円プラスで5700円になります」

と、宿泊料金の説明が意味不明だったのでやめにする。
結局、四十四番大宝寺近くに良心的な民宿があったのでそこに決めた。
宿が決まったところで、石段を上がって大宝寺を打つ。
「あと四十四ヶ寺無事に参拝できますように」と合掌した。

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(凄まじい荷物の自転車)

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(四十四番大宝寺)



距離:62.79km
積算距離:8656.6km
宿泊:民宿一里木



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