第171日目 2002年4月6日 沖縄県宮古島平良市〜沖縄県石垣島石垣市

石垣島へ行く為に朝4時半に起床しチェックアウト。
フェリー内で食べる朝食をコンビニで購入し乗り場へ向かった。石垣島行きのフェリーに乗り込み朝食を食べた後、7時まで仮眠する。

11時石垣港へ入港。
石垣島の観光名所がわからないので市役所でガイドマップをもらい、昼食を済ました後、右回りで周ることに決めた。

走り始めてすぐに唐人墓という中国風のカラフルな墓を訪れた後、駐車場に年配のサイクリストがいたので自分から声をかけた。話を聞くとその人は広島から飛行機で、ついさっき石垣島へ到着したそうだ。しかも病気なのにも関わらず注射を打って来たと話していた。正直言ってこういう無茶な人はなんだかかっこいい。

道元禅師は正法眼蔵随聞記で「自分は病気があるから治した後で修行しようと思うのは、道心がないからだ」とおっしゃっている。結局、やる気があるかないか、そして今という時間が大事なのだということだと思う。この年配のサイクリストの姿を見て自分もなんだかやる気が出てきた。

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(石垣島の唐人墓)

石垣島の印象は、日本離れした風景にある。
ここは亜熱帯の島なのでヤシの木が生い茂っており、どちらかというと台湾の風景に似ている。温度も台湾と同緯度でとても暑い。

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(亜熱帯の森林)

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(マングローブのある川)

今日の宿は、星野にあるトレック石垣島ユースホステル。
到着して受付を済ませた後、台湾に行ってきたことを話したら、とても喜んでくれた。自分の旅行の話を聞いて喜んでくれた人は、過去において数人しかいない。会話が進むにつれユースのペアレント(管理人)は無類の台湾好きだったことが分かってなるほどと思った。



距離:57.09km
積算距離:12998.8km
宿泊:トレック石垣島ユースホステル(休館中)


第172日目 2002年4月7日 沖縄県石垣島石垣市

今日は、石垣島最北端の平久保崎へ行くことにする。天気予報では雨が降るとのことだったが、晴れ間が見えたので一安心。この岬は誰もいなくて寂しい所だったが、海の下に見えるサンゴ礁はとてもきれいで、今すぐにでも潜りたい気分にかられた。

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(石垣島最北端平久保崎)

その後、どんどん南下し、石垣市に到着。
日本で最南端の市は人口4万人を超える。市内を自転車で散策する限り、レンタルビデオ店、ファーストフード店、ホームセンター、スーパーがあり、大抵のものは手に入る程充実している感じがした。



距離:73.57km
積算距離:13072.4km
宿泊:パークサイドトモ


第173日目 2002年4月8日 沖縄県石垣島石垣市

今日は原付バイクをレンタルして石垣島を周ることにした。
自転車で行けなかった御神崎、野底岳(標高282m)に向かう。アップダウンが激しかった道路をアクセルを吹かして進むというのは、かなりの爽快さだ。御神崎、底地ビーチで青い海を眺め何をするでもなくボーッと過ごした。

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(御神崎)

正午が過ぎて、お腹が空いたので米原キャンプ場で弁当を食べ、約30分程横になった。
次に目指すは野底マーペー岳。変わった名前の山には悲しい伝説があった。

「伝説ヌスクマーペー  昔琉球王国時代の役人が国王の命として人々を一人残さず強制移住させる道切りの法という制度があった。当時黒島の宮里村のカニムイとマーペーは恋仲であったが道切りの法により享保七年(1732年)に建立された新村野底村マーペーは強制移住させられた。毎日カニムイの事を思い泣きもだえていたマーペーは近くの高い山に登ってふる里を見ようとしていたがオモト山が立ちはだかり何も見えなかった。幾日もなげき悲しんだマーペーは頂上で祈る姿で石となった。その後人々はマーペーをあわれみこの山を野底マーペーとよぶようになった。」

悲しい伝説がある野底マーペー岳はトレック石垣島ユースのペアレント(管理人)一押しの山で、見晴らしは石垣で一番いいとのことだ。登ること約40分、山がとがっている為、見晴らしは最高だったが、ただオモト山だけが立ちはだかって黒島は見えなかった。

今日は4月8日のお釈迦様の誕生日。生まれてすぐ七歩進まれ右手を天に、左手を地に「天上天下唯我独尊」とおっしゃったそうだ。お釈迦様の誕生日にちなんで、マーぺー岳頂上で坐禅を組み「唯我独尊」の気分を味わった。

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(野底マーペー岳 標高282m  山頂が尖がっている為に、唯我独尊の気分を味わえる山だ)

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(マーペー岳からの眺め)



距離:11.41km
積算距離:13083.8km
宿泊:民宿あやの


第174日目 2002年4月9日 沖縄県石垣島〜小浜島〜石垣島

昨年(2001年)のNHK朝の連続ドラマ「ちゅらさん」で一躍有名になった小浜島へ渡る。

石垣港を出航し、11時に小浜島に入港。小浜島は面積が小さい為、移動が楽だ。
「ちゅらさんの」主人公・恵里が生まれた古波蔵荘を見学。門には「ウェルカムですぅ」と看板が掛けてあったので中に入ると、縁側におじいとおばあがいた。おそるおそる二人に声をかけると嫌な顔一つせず「見て行きなさい」と言ってくれた。

古波蔵荘を見学して、まるでドラマの中に入ったような感じがした。
その後「ちゅらさん」で通学路として撮影した道や、出迎えや別れの場面で撮影された細崎灯台を見学し、もう一度ドラマを見たい気分にかられた。

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(小浜島の道路)

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(こはぐら荘)

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(こはぐら荘にて)



距離:27.68km
積算距離:13111.5km
宿泊:民宿あやの


第175日目 2002年4月10日 沖縄県石垣島〜沖縄県与那国島

10時石垣港から与那国島へ向けてフェリーが出航。
与那国島行のフェリーは海域が荒くかなり揺れるそうだ。旅人の間では、通称ゲロ船と呼ばれている。

ゲロ船って言ったって揺れは大したことないだろう

と気楽に考えていたが、石垣港から遠ざかるにつれ、フェリーの揺れが凄くなってきた。胃と胸の辺りがムカムカしてきて、やたら生あくびが出てくる。これが船酔いというものなのだろうか?

船酔いの体験に戸惑っているのも束の間、本当に胃から酸っぱいものが込み上げてきてトイレに駆け込んだ。トイレには船酔いの人が何人か入っている。やっと一人が出たところで、ドアを開け便器に向かって「ゲーッ」と吐いた。この時ゲロ船の意味がやっとわかった。

波の揺れに耐えられなかった自分だったが、4時間半後の14時30分与那国島の久部良港に入港し、激しい揺れから解放された。

日本最西端の西崎(いりざき)は港から10分もかからない場所にある。
今日はあいにくの曇りの天気で、数日前、自転車でサイクリングしていた台湾を見ることはできなかった。この西崎にて、日本の最東端(納沙布岬)・最北端(宗谷岬)・最西端(西崎)の三つを巡ることができた。後は最南端の波照間島だけとなる。

最西端の碑の前で記念撮影をし、与那国島を左回りで一周することに決める。
島の東部にあるサンニヌ台と立神岩を見学。この下には世間で話題になっている海底遺跡があるらしい。サンニヌ台に降りて石質を見ると、とても割れやすい印象だ。かつては地上にあった遺跡が地殻変動で海の下に沈んだのだろうか?本当の所はわからない。

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(日本最西端の西崎灯台)

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(最西端之地の石碑前で撮影)

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(サンニヌ台)

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(立神岩)

東崎、祖納を過ぎ、久部良地区にあるクブラバリに行ってみる。
クブラバリというのは、長さ15メートル・深さ6メートル・幅3.5メートルの岩の割れ目のことで、昔妊婦を集め、ここを飛び越えさせ、成功したものだけに生存を許したという悲惨な歴史を持つ場所だ。

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(道路には牛が歩いていた)

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(小さな島?岩礁)

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(久部良バリ)

このあたりで、いい時間になり、日本最西端の宿「はいどなん」で一泊することにする。
ここ与那国は日本最西端の地というのもあり、日の入りが18時過ぎまで明るかった。

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(日本最西端の宿はいどなん)



距離:32.67km
積算距離:13144.2km
宿泊:民宿はいどなん



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