第191日目 2002年4月26日 鹿児島県種子島〜鹿児島県鹿児島市

鹿児島へ渡るフェリーが13時30分出航と遅い為、通常は10時のチェックアウトの時間を大幅に延長してくれた。おとといの縄文杉登山の疲れがあったので、休養も兼ねて休ませてもらう。

13時30分出航予定のフェリーは、なかなか港に入ってこなくて、大幅に遅れてしまった。鹿児島港には19時に着岸。宿を決めていなかったので、フェリー乗り場周辺にある東屋で、寝袋だけで野宿することにした。



距離:3.47km
積算距離:13606.9km
宿泊:フェリー乗り場近くの東屋


第192日目 2002年4月27日 鹿児島県鹿児島市

面倒くさがらずにテントを張れば良かったのだろうが、4月下旬の鹿児島といえど寝袋一つで夜を過ごすには寒すぎて体を休めることが出来なかった。

公園近くの吉野家で大好きな納豆定食を注文。出された熱いお茶でかじかんだ手を温めながら飲む。熱いお茶がのどを通って胃に沁みるにしたがって体が徐々に温まってくるのがわかる。普段、あたり前に飲んでいるお茶だが、この時ばかりは「日本人で良かった!」と心から思えるほどおいしかった。

その後、桜島を見学する為にフェリーで対岸に渡る。
桜島は大正3年の大噴火で陸続きになったところで、舗装されていることもあり快適に自転車で周ることができた。噴火の恐ろしさを物語っている場所として、黒神地区にある鳥居埋没地を見学。なんと、ここの神社の鳥居は大正の大噴火によって埋没し、上部だけ出ているのだ。鳥居が埋まって掘り起こそうとしたそうだが、後世に語り継ぐ為にそのままにしているとのこと。自然の威力は凄まじい。

桜島を左に見ながら鹿児島湾に沿って進むわけだが、国道の為なのか、車が多く精神的に疲れてしまう。鹿児島市には14時に到着し、市内にあるサイクルショップでメンテナンスをしてもらった。

公園で野宿も考えたが、再び桜島フェリーで桜島へ渡り桜島ユースホステルで体を休めることにした。

2002.4.27-1.jpg
(5年の学習2月号の付録「日本列島ふしぎ?びっくり!探検」に桜島のことが書いてあった)

2002.4.27-2.jpg
(この写真を見ていつか行きたいと思っていた)



距離:104.83km
積算距離:13711.8km
宿泊:桜島ユースホステル


第193日目 2002年4月28日 鹿児島県鹿児島市〜鹿児島県指宿市

今日の目的地である指宿まで50キロも無いので、チェックアウトも遅めにして出発した。
鹿児島から指宿までの道は、路側帯が非常に狭くてとても走りづらい。しばらく進んでいると、見覚えのあるママチャリの旅人に追いついた。屋久島の「縄文」で一緒だったS君だ。これからどこへ行くのか聞くと、進む方向は大体一緒のようだ。「お互いこの旅を楽しもう」と握手をして別れる。

2002.4.28-1.jpg
(ママチャリの旅人S君と記念撮影)

指宿に到着し砂蒸し温泉に入る。浴衣を着て、指定の砂場に向かう。体を横にして、スコップを持ったおじさんが自分の体に砂をかけた。目を閉じていると、じわじわと砂の熱さが体の中に入ってくるようだ。いわゆる遠赤外線効果というのだろうか。このじわじわ感が体にいいように思う。



距離:55.79km
積算距離:13767km
宿泊:圭屋ユースホステル


第194日目 2002年4月29日 鹿児島県指宿市〜鹿児島県日置郡日吉町

今日はゴールデンウィークの2日目。バイクでツーリングをする人が多い。
薩摩富士と呼ばれるピラミッドのような形の開聞岳が見える長崎鼻に行ってみるが、観光客ばかりで落ち着いて見ることができなかった。売店でミカンの一種であるタンカンを購入し、その場で食べた。東北ではなじみの薄いタンカンだが、甘くておいしい果物を食べることのできる九州の人が羨ましい。

その後、北海道の屈斜路湖のクッシーに引き続き、池田湖の謎の生物イッシーを探すべく湖面をジッと見て待機していたが、現れる様子は全く無い。

枕崎より内陸を通って吹上浜まで北上するが、意外とアップダウンが激しくて、途中途中休みながら進む事にする。徐々にアップダウンも少なくなり海が近づくにつれ吹上浜が見えてきた。この浜は日本三大砂丘の一つで夕日がきれいらしい。

吹上浜ユースホステルに到着。オーナーであるお婆さんが「おかえり」と迎えてくれた。

2002.4.29-3.jpg
(薩摩富士と花畑)

2002.4.29-1.jpg
(長崎鼻にて撮影)

2002.4.29-5.jpg
(どこかの海の風景)



距離:106.42km
積算距離:13874km
宿泊:吹上浜ユースホステル


第195日目 2002年4月30日 鹿児島県日置郡日吉町〜熊本県牛深市

吹上浜ユースホステルのお婆さんと握手をしてチェックアウト。
御歳89歳とは思えぬ力強い握手に力をもらった気がする。

小学生の頃、地図帳を見ていつも気になっていた所に「川内」という町がある。読み方は、かわうちと書いてせんだい。宮城の仙台と同じ読み方なのだ。親戚の叔母がかつて住んでいたということもあり、いつか訪れてみたい町であった。中心部はシャッターが降りている店舗が多く、宮崎の延岡しかり、国道沿いや郊外のショッピングセンターが繁盛し、市内の駐車場の無いお店が閉店するという全国的に見られる現象なのかもしれない。どこぞの商店街ではユニークなアイデア(忘れてしまった)で再生した所もあると聞く。再生の道はきっとあると思いながら先に進む。

2002.4.30-1.jpg
(川内で撮影)

阿久根市内のスーパーで弁当を購入しベンチで食べていると、大阪から来たという自転車のおっちゃんに話しかけられ、これからどこへ行くのか盛り上がった。その後、順調に北上、牛深へ行くフェリー乗り場で再びママチャリのS君に再会した。

2002.4.30-2.jpg
(どこで撮影したか忘れてしまった)



距離:94.83km
積算距離:13968.8km
宿泊:民宿みさき


■プロフィール■■■■■

profilephoto            

■新しいエントリー■■■

           

■最初から読む■■■■■

■アーカイブ■■■■■■

     

■カレンダー■■■■■■

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

■recommend ■■■■■

■リンク■■■■■■■■

               

■others■■■■■■■■

■モバイル■■■■■■■

qrcode
       

■powered■■■■■■■

無料ブログ作成サービス JUGEM