第231日目 2002年6月5日 和歌山県伊都郡高野町〜和歌山県和歌山市

同宿したアメリカ人に挨拶をしてチェックアウト。
昨日参拝できなかった所、徳川家霊台、女人堂、霊宝館、西塔・東塔、御影堂、金堂、根本大塔、苅萱堂を巡る。

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(高野山ユースホステル入口にて)

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(同宿したアメリカ人と撮影するが失敗)

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(まるで小人のような自分)

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(徳川家霊台)

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(高野山東塔)

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(高野山西塔)

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(高野山根本大塔)

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(高野山金堂)

全部参拝し終わったのが11時ごろ、その後約20kmを下り和歌山市を目指す。
九州の福岡からずっと晴れ続きでたまには雨が降って連泊したいと思う今日この頃、和歌山には16時に到着。昨日の疲れも残っており、早めに休むことにした。

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(和歌山城)



距離:70.16km
積算距離:16625km
宿泊:ビジネスホテル紀州路

第232日目 2002年6月6日 和歌山県和歌山市〜和歌山県田辺市

九州の福岡からずっと天気がいい。たまには曇りの涼しい日に進みたいと思う今日この頃、雨が降らないだけいいと思わないと罰が当たるというものだ。

和歌山といえばみかん。無料販売所でみかん一袋がたった100円で販売している。早速購入し自転車のバッグに入れ先を目指す。西国三十三観音霊場の第二番紀三井寺の山門に到着。紀伊国屋文左衛門が豪商となるきっかけとなった結縁坂という急な石段231段を登り切り、本堂前で手を合わせた。紀伊国屋文左衛門というとみかんで大儲けしたという印象が強い人物だ。結縁坂で資金の出資者である宮司の娘おかよに出会わなければ、どのような人生を送っていたのだろうかと考えたとき、人との巡りあわせというのは不思議なものだと石段を降りてしみじみと思った。
 
「結縁坂」の由来 

紀三井寺の楼門から上に、231段の急な石段があります。
参詣者泣かせの急坂ですが、この坂は、結縁坂(けちえんざか)と呼ばれ、次のような”いわれ”が伝えられています。

「江戸時代の豪商・紀ノ国屋文左衛門は、若い頃にはここ紀州に住む、貧しいけれど孝心篤い青年でした。

ある日、母を背負って紀三井寺の表坂を登り、観音様にお詣りしておりましたところ、草履の鼻緒が切れてしまいました。

困っていた文左衛門を見かけて、鼻緒をすげ替えてくれたのが、和歌浦湾、紀三井寺の真向かいにある玉津島神社の宮司の娘「おかよ」でした。

これがきっかけとなって、文左衛門とおかよの間に恋が芽生え、二人は結ばれました。
後に、文左衛門は宮司の出資金によって船を仕立て、蜜柑と材木を江戸へ送って大もうけをしたのでした。

紀ノ国屋文左衛門の結婚と出世のきっかけとなった紀三井寺の表坂は、それ以来「結縁坂」と呼ばれるようになりました。」 と。
紀三井寺ホームページより


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(紀三井寺の石段)

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(本堂前は年配の方が多かった)

その後、安珍と清姫で有名な道成寺を参拝。霊宝館で安珍と清姫の絵巻物、そして縁起堂という建物の中に入りお坊さんの絵解き説法聞いた。奥州から熊野詣に来た安珍という僧は、真砂庄司の娘である清姫に一目ぼれされた。清姫の熱意に、熊野詣の帰りに立ち寄ると言ったものの、約束の日に安珍は来ない。恋の炎を燃やす清姫は安珍を追うごとに大蛇変わっていく。(※これは人の心をあらわしているものだろうと思う)安珍は川を渡り道成寺の梵鐘の中にかくまってもらうが、大蛇が巻き付き火炎燃え盛ること三時あまり。梵鐘の中にいた安珍は黒焦げに・・・まさに恋は盲目だ。しかし、もてない自分にとって、清姫に追われる安珍がうらやましく思う。もし自分が清姫に追われたなら、多分立ち止まって美味しい所に連れていくかもしれない。

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(道成寺)

田辺に入り高山寺を参拝。博物学者である南方熊楠と合気道創始者植芝盛平の墓所で手を合わせた。
南方熊楠は驚異的な記憶と18もの言語を理解していたという。天才とはこの人のこというのではないだろうか。もう一人の天才は、鉄砲の弾をよけたという伝説が残っている植芝盛平。小さい頃は弱かったらしいが、北海道開拓での伐木が体質を変えたと合気道の本に書かれてあった。なぜ武道の道に進まれたかというと、開拓中、武田惣角という大東流合気柔術の達人に出会ったことがきっかけだったらしい。紀伊国屋文左衛門そして植芝盛平、今日は人との出会いがテーマとなった一日だった。

今日の宿は扇ヶ浜ユースホステル。一泊素泊まり2300円。



距離:121.37km
積算距離:16746.3km
宿泊:扇ヶ浜ユースホステル(2008年10月1日閉館)

第233日目 2002年6月7日 和歌山県田辺市〜和歌山県牟婁郡串本町

ユースホステルをチェックアウトし、扇ヶ浜にある合気道創始者植芝盛平翁の像をバックに記念撮影。

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(扇ヶ浜にある植芝盛平翁の像)

その後、白浜に立ち寄り、島の真ん中に穴が開いている円月島、荒波に浸食された千畳敷と、その南にある高さ50mの断崖・三段壁を見学。三段壁の洞窟を見学したかったが料金(大人1200円)と時間の関係で断念する。

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(珍しい形の円月島)

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(千畳敷の集団写真を撮る階段で撮影)

白浜から国道42号線に入り本州最南端の潮岬を目指す。今日も昨日に引き続いて暑い。福岡以来ずっと晴れ続きで水不足にならなければいいと思うほどだ。天候は12日あたりから崩れるとのことで、雨より曇りの日が待ち遠しい。

紀伊半島はアップダウンの連続で自転車にとっては辛い道路だが、海を見ながらのサイクリングはやっぱり楽しい。この国道49号線は別名熊野街道といい、紀勢本線とほぼ並行して造られている。次に来るときは紀勢本線に乗って海を見ながら旅をするのもいいかもしれない。

幾多のアップダウンを乗り越えて本州最南端である潮岬に到着。とりあえず潮岬の記念碑前で記念撮影し、本日のねぐらを探す。記念碑の後ろに建物があり、ここに野宿することに決めた。しかし、本州最南端だけあって観光客がひっきりなしに来るものだから急遽近くにある潮岬ロッジユースホステルに変更。部屋に入るとすでにバイクの旅人が二人いた。挨拶をした後、この先の道路状況を聞くとさらなるアップダウンが待ち受けているとのこと。話を聞かなければよかったと後悔した。

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(本州最南端潮岬)

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(ここにテントを張りたかったが断念)



距離:105.44km
積算距離:16851.8km
宿泊:潮岬ロッジユースホステル

第234日目 2002年6月8日 和歌山県牟婁郡串本町〜和歌山県熊野市

ユースのチェックアウトする前、バイクの旅人二人と玄関前で記念撮影をし、熊野へ向けて出発する。海風のせいだろうか、空を見ると晴れて暑そうに見えるが、自転車で走るにはちょうど良い気温になっている。今から行く熊野那智大社へ行く道路は、地図を見る限り有料道路となっており、行くか行かないかで迷っていたが、宿で一緒だった北海道から来たライダーIさんが言うには、自転車でも行けるとのことだったので行くことに決めた。

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(出発前に記念撮影)

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(潮岬灯台)

坂道を進み那智大社に到着。この神社は高さ133メートルの那智の滝で有名だ。近くに行くと滝の風圧がすごい、おそらく滝行をしたら首が折れるだろう。

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(西国三十三カ所第一番那智山青岸渡寺)

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(那智大社)

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(青岸渡寺三重の塔と那智の滝)

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(那智の滝を下から見上げる)

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(那智の滝をバックに記念撮影)

次に新宮市にある熊野速玉神社を参拝。境内ではみかんが販売されており購入して食べた。
熊野には16時ごろに到着。何回電話しても通じないので、直接熊野青年ユースホステルに行き、今日泊まれるか聞いたら大丈夫とのことで安心した。ホッとしたところで相部屋に入ると見たことのある顔がある。そう、今朝、潮岬ロッジユースホステル玄関前で記念撮影した北海道のバイクの旅人Iさんだった。

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(熊野速玉大社)



距離:93.76km
積算距離:16945.6km
宿泊:熊野青年ユースホステル

第235日目 2002年6月9日 和歌山県熊野市〜和歌山県志摩市磯部町

熊野を過ぎて佐田坂に入る。行けども行けども坂の連続で、朝からこのような道が続くとやる気が失せる。
幸いにも朝早く出発したおかげで、70キロ先の紀伊長島に11時ごろに到着。しかし、今日の目的地は、さらに70キロ以上先にあるので気が滅入る。

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(熊野の観光名所、獅子岩)

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(どこで撮影したか忘れてしまった)

その後、国道とは思えないほどの狭い道や店が無い所がしばらく続く。
そして国道240号線の難所である錦峠のトンネルを通る。
このトンネルは高さ4メートル、幅2メートルほどの手掘りらしい。
珍しいトンネルだったのでカメラのシャッターを何回も押すが、なかなか押せない。霊の仕業?
ようやくシャッターを押せたところで目的地へ向かう。

海に近い道路は平坦な所が多いが、ここは違う。
ずーっとアップダウンの連続で正直言って疲れた。

ようやく磯部の伊勢志摩ユースホステルに到着。
受付を済ませた後、部屋へ行くと見覚えのある人がいた。その人は北海道のバイクの旅人Iさんだった。



距離:150.25km
積算距離:17095.8km
宿泊:伊勢志摩ユースホステル


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