第271日目 2004年5月25日 福島県耶麻郡猪苗代町〜栃木県塩谷郡藤原町

テントの周囲に水たまりができているのを見ると、昨晩は雨が降ったようだ。
橋の下だったおかげでテントと自転車が濡れずに済んだ。しかし、橋の下は増水する危険性があるので、前もって天気予報を聞くなどして細心の注意をしなければならない。

空の様子をうかがい、7時半に出発。
数キロ進み猪苗代湖を見学した後、会津若松に向かった。

2004.5.25-2.jpg
猪苗代湖にて

9時過ぎに白虎隊で有名な飯盛山に到着。

丸森町内の小学校の修学旅行というと会津若松が定番である。
修学旅行といえばおこずかい。当時は持っていける金額は3千円までだった。お年玉で一年を過ごしていた私にとって3千円は、今でいう3万円と等しい価値だった。3千円で何を買うか土産物店で品定めしているうちに千円をどこかに落としてしまった。虎の子の千円札を探そうにも大勢の観光客や同級生に阻まれ、結局2千円で購入したのは木刀とせんべいと提灯で終わってしまった。

R0012031.jpg
当時購入した木刀と提灯

2004.5.25-14.jpg
兄弟全員、修学旅行で木刀を買うのも珍しい。一番下の赤樫の木刀は中学の修学旅行で購入。


飯盛山の入口の売店では、昔と変わらず木刀が売っていた。
今どきの小学生は木刀を買うのだろうか?
買うから店先に置いてあるのだろうと修学旅行の思い出に浸りながら、長い石段を登り白虎隊のお墓参りをした。

2004.5.25-6.jpg
飯盛山の入口

2004.5.25-3.jpg
白虎隊のお墓

次に四次元建築と呼ばれているさざえ堂を見学。
実は修学旅行で来たことがあるのだが、もう一度見たくなったので見学してみた。
さざえ堂は、寛政8年(1796年)建立された、高さ16.45メートルのお堂だ。
このお堂はレオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチ帳からヒントを得るという、当時の会津人に拍手を送りたい気分になるほど面白い建物なのだ。何が面白いかというと、同じ階段を通らずに入口に戻ることができるという点が四次元建築といわれる由縁である。

2004.5.25-4.jpg
さざえ堂(国指定重要文化財)

2004.5.25-5.jpg
さざえ堂の階段

栃木の鬼怒川に通じる道路を進む。
福島県境の山王峠まで緩やかな坂が続き、あとは気持ちの良い下り坂に変わった。
午後から天気が良くなり周囲の緑が眩しいほどで、まるで万華鏡を覗いているかのようで綺麗だった。

2004.5.25-7.jpg
緑のトンネルを進む

鬼怒川に向かう途中に五里湖という、引き込まれるような青い色をした湖を見学。

2004.5.25-8.jpg
五里湖

2004.5.25-11.jpg
龍王峡

2004.5.25-10.jpg
龍王峡の滝

18時ごろ、鬼怒川温泉に到着。
鬼怒川公園にテントを張ることに決めた。テントを張った後、町営の鬼怒川公園岩風呂に行ってみるが残念ながら定休日であった為、ホテルの日帰り温泉に入ることにした。ところが、1軒、2軒目と入浴を断られ、3軒目でようやく温泉に入ることができた。

2004.5.25-12.jpg
吊り橋から見た鬼怒川温泉の建物群

2004.5.25-13.jpg
今日の宿



距離:131.53km
積算距離:20534.08km
宿泊:鬼怒川公園

第272日目 2004年5月26日 栃木県塩谷郡藤原町〜群馬県桐生市

朝から快晴でサイクリングに期待が高まる。
今日は群馬の桐生市に行く予定だが、宇都宮(※楽)を通るか足尾(※きつい)を通るかで迷ってしまう。結局、中禅寺湖に行きたいので、足尾を通る道を選択した。

日光杉並木を見る為、いったん宇都宮まで行き、再び来た道を戻り日光東照宮を参拝。
東照宮は時期が時期だけに修学旅行生がとても多く、身動きが取れないほどだ。
観光はそこそこにして、山の上にある中禅寺湖を目指した。

2004.5.26-2.jpg
早朝の日光杉並木

2004.5.26-3.jpg
日光東照宮の鳥居

2004.5.26-4.jpg
日光東照宮陽明門

2004.5.26-5.jpg
唐門

2004.5.26-6.jpg
見ざる聞かざる言わざるの彫刻

中禅寺湖までは、いろは坂というヘアピンカーブの連続に耐えなければならない。
時計を見るとまだまだ時間に余裕がある。途中疲れて自転車を押したところもあったが、何とか中禅寺湖・華厳の滝を見学することができた。中禅寺湖のボート乗り場に標高1269メートルと書かれた標識があり、ここまで来た証に記念撮影を行う。

2004.5.26-7.jpg
いろは坂の途中にある「日本の道百選 いろは坂」の石碑

2004.5.26-9.jpg
中禅寺湖畔にて

2004.5.26-10.jpg
巫女石

2004.5.26-11.jpg
男体山

その後、華厳の滝を見学。
修学旅行生の、はしゃぐ声が凄まじい。
滝を見終えて、いろは坂を下る。ヘアピンカーブで自転車を飛ばすことができず、スピード調整にブレーキを使うが、握力が無くなるほど疲れてしまった。

2004.5.26-12.jpg
華厳の滝

ようやく、足尾の国道に入り、渡良瀬渓谷沿いを通る。
渡良瀬川の風景はとても素晴らしく、自転車で進みながらも見とれてしまうほどで、撮影はせず記憶に留めた。

桐生市に入り、祖父母(母からすると父母)のお墓参りに行く。
親戚の家に向かう時、物凄いスピードを出している小学生がいた。結局、その小学生を追い抜いたが、猛烈に追いかけてくる。後でわかったのだが、親戚の子だった。ヘルメットをかぶっていたのでわからなかった。18時ごろ、祖父母の墓にお参り。親戚の家に戻り、約30分程近況を話した。

2004.5.26-14.jpg
相川橋

2004.5.26-15.jpg
母方の実家に通じる道

今日は親戚の家ではなく、桐生市内にある永平寺の同安居(同級生)の朋徳師のお寺で一泊させて頂いた。久しぶりに朋徳師に再会。多忙にも関わらず、一夜の宿を提供して下さり、方丈様をはじめ、ご家族の皆様にお礼を申し上げた。

その後、朋徳師の運転する車に乗り外食をする。
そして、足利健康ランドに行きお風呂で旅の疲れを取った。風呂をあがり、久しぶりに近況を話した。大学での思い出や、修行での思い出、そして最近の事など話は尽きなかった。

お寺に戻り、久しぶりに布団で寝た。



距離:132.63km
積算距離:20660.71km
宿泊:祥雲寺

第273日目 2004年5月27日 群馬県桐生市〜群馬県吾妻郡草津町

昨日は、いろは坂という大変なところに行ったにも関わらず、体の痛みがあまり無い。
テントに比べ屋根のあるところでの睡眠というのは、体の回復度が全く違うものだ。
しかし、使うお金が限られている場合はテントなしに長期旅行は考えられない。

テントばかりだと疲労が抜けない、宿ばかりだと金額がかさむ。
テントと宿との割合をうまく調整すれば、楽しい旅につながっていくのではないだろうか。

朝食を頂いた後、祥雲寺の御本尊様、朋徳師そしてご家族の方にお礼を申し上げ、8時半ごろに出発。

2004.5.27-2.jpg
朋徳師と私

まず始めに市内にある桐生ヶ岡公園に向かう。
この公園に行く目的は、園内にある黄色の飛行機だ。

私が小さかった頃、どうしても乗りたかった飛行機が桐生ヶ岡公園にあるらしい。
昨晩、朋徳師に教えてもらった道を進んでいくと、公園内に一機の黄色い飛行機があった。

近くへ行き塗装が剥げた翼に触れた瞬間、あの頃の記憶が蘇ってきた。
飛行機に一生懸命手を伸ばしていた幼少の自分であったが、今では余裕で手が届く。時の流れるのは速いものだ。黄色い飛行機に再会し、懐かしい記憶をたどる旅がこんなにいいものだとは思わなかった。

2004.5.27-3.jpg
この黄色い飛行機はアメリカで造られたらしい


国道を避け県道を通り、渋川にある雙林寺(そうりんじ)を訪れる。
「雙林の水を飲まざるは禅僧に非ず」とまでいわれたこのお寺は、群馬県第一の格式を誇る曹洞宗の名刹である。雙林寺には七不思議が伝えられており、境内左手にある案内図を見ながら散策。寺に伝わる七不思議なるものを見て歩いた。

2004.5.27-5.jpg
雙林寺の歴史

2004.5.27-4.jpg
山門

2004.5.27-8.jpg
本堂


草津へ向かう緩やかな坂道を進む。
今日はとても蒸し暑く、ジュースを多く飲んでしまって後悔する。
長野原までは何とかペダルを漕ぐことができたが、そのあとの草津までの約10キロはほとんど自転車を押して歩く羽目になった。

18時過ぎ、温泉で有名な草津に到着。
今日の宿は西の河原公園の東屋。ここは温泉が近いなど、テント泊にとって理想の環境だ。
とりあえず東屋内にテントを張り、歩いて西の河原温泉に入りに行った。

西の河原温泉の露天風呂はとても広く、余裕で100人以上は入れるのではないだろうか。
入浴料は500円、温度は熱すぎず温すぎずでちょうど良い温泉だった。

2004.5.28-1.jpg
東屋内にテントを張らせてもらった

2004.5.27-9.jpg
西の河原大露天風呂

テントのある東屋に戻ってすぐ、かなり強い雨が降り出してきた。
ちょうど良いタイミングで戻ることができて良かった。

テント内で食事をした後、やることがないので早めに就寝。

夜中に尿意をもよおしたので、ヘッドライトの明かりを頼りに約50メートル先のトイレに入った。
ここのトイレには電気のスイッチは無く、ヘッドライトの明かりが頼り。
ライトの明かりに照らされた真夜中のトイレというのは非常に気味が悪く勇気を振り絞って中に入り用を済ました。

早く出たいと思っていた矢先




ジャーーーッ!




と物凄い水の流れる音がトイレ内に響き腰が抜けそうになった。
おそらく定期的に流れる水の音だと思う。

足早にトイレを出て東屋を目指して歩いていると、物凄い霧のせいで道に迷ってしまった。
ヘッドライトで辺りを照らすと何かが立っている。





一体何なんだ・・・・





近寄って照らして見ると・・・・





赤いよだれかけからするとお地蔵様だ。

正直、お坊さんながらお地蔵様を怖いと思ってしまった自分が情けない。
しかしなぜ、ここにお地蔵様?と考えると、また怖くなってしまった。

やっぱり今日は宿に泊まるべきであったと後悔するが後の祭り、何とか東屋にたどり着き、寝袋に入って再び寝た。



距離:108.7km
積算距離:20775.41km
宿泊:西の河原公園

第274日目 2004年5月28日 群馬県吾妻郡草津町〜長野県長野市

強い雨の音で目が覚める。
しばらくして雨が小降りになったところで、カッパを着てコンビニで朝食と昼食を購入。

テントに戻る途中、夜中に自分が驚いたお地蔵様があるのかどうか園内を見てまわった。
雨は降っているものの霧は無かったので、すぐにお地蔵様は見つかった。

なぜ公園にお地蔵様があるのだろうか?
西の河原というのは賽の河原の当て字なのではないかという考えに行きついた。
つまり、この場所は霊場なのだ。

親に先立って死んでしまった子供が行くところが賽の河原。

2004.5.28-14.jpg
子供の味方であるお地蔵様

「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」

父母の供養のため子供は石を積むわけだが、あともう少しという所で、鬼が来て破壊する。

また、子供は供養のため石を積む。そして鬼が破壊する。
石を積む行為が永遠に繰り返しするところが賽の河原。
最後はお地蔵様によって救われるといわれている。

昨日のお地蔵様に対する非礼を詫び手を合わせた。


2004.5.28-2.jpg
夜中に驚かされたお地蔵様

テント内で弁当を食べながら9時ごろまで外の様子を見る。
雨の勢いが弱くなり、霧雨になったところで長野に向けて出発。

なんといっても今日の不安は雨の中で標高2000メートルもある国道最高所を越えねばならないことだ。出発した以上歩いてでもやるしかない。昨晩のトイレでの恐怖を味わうのは、もうごめんだ。

標高が上がるほどに霧が凄く、3メート先は真っ白。
あまりに濃い霧で心配になってきたので、少しでも楽な気分にしようとサングラスのレンズを黄色に変えて進む。黄色のレンズは視界が明るく見え、霧の中でも晴れているような感じがする。時には物を変えて気分を変えるのも必要なのかもしれない。

ただひたすら自転車を押して歩くが、霧の深さは相変わらずで、結局3時間ほど自転車を押し歩き日本最高所である渋峠(標高2172m)に到着。

2004.5.28-3.jpg
有毒ガスが発生するとのことで早めにここを通り過ぎた

2004.5.28-4.jpg
白根山

2004.5.28-5.jpg
日本国道最高地点の碑の前で記念撮影

悪天候の日でも渋峠にはバイクの旅人がいて、話を聞くと長野側の天気は良いらしい。最高所の碑の前で記念撮影をしてもらい、長野に向けて峠を降る。数キロ降ると晴れ間が見え、バイクの旅人の言う通り最高の天気に変わった。山の風景を楽しみながら約20キロ程降り、中野市内に入る。

2004.5.28-6.jpg
渋峠の雪

2004.5.28-7.jpg
渋峠の雪

2004.5.28-8.jpg
数キロ降ると天気は晴れに変わった

2004.5.28-9.jpg
志賀高原の風景

2004.5.28-10.jpg
平床大噴泉

中野にはアベコベ坂という、転がしたボールが坂をあがっていくという不思議な現象が起きる場所がある。まずはそこに行ってみた。

確かに自転車のペダルを漕がなくても坂を上がっていく。
今度は自転車から降りて、車が来ないのを見計らい乾電池で試してみる。やっぱり自転車と同様坂を上がっていく。

なぜなんだろうかと近くの人に聞いたら、地形的な目の錯覚とのことらしい。
つまり、周りの地形全体が傾いているために上がりが下りに、下りが上がりに見えてしまうとのこと。

2004.5.28-11.jpg
中野のアベコベ坂

2004.5.28-13.jpg
乾電池で試してみた

アベコベ坂を過ぎ、宿の予約を入れるが電話がつながらない。
実際に行ってみたら廃業した旨が書かれた張り紙があった。今日も昨日に続いてテント泊。長野市内にある丹羽島橋という河川の緑地近くにある橋の下で休むことにした。この橋は長野市内にある為、車のエンジン音がうるさくて寝られなかった。

2004.5.29-1.jpg
丹羽島橋の下



距離:83.39km
積算距離:20858.8km
宿泊:丹羽島橋

第275日目 2004年5月29日 長野県長野市〜長野県松本市

夜中にライトを照らす人がいたり、橋の上から水の落ちる音が聞こえてきたりで、よく眠ることができなかった。それでも先へ進むために起きなければならないのが辛い所だ。

早速ラジオで天気予報を確認すると、天候は悪くなるようだ。
現在の空を見る限り快晴。今のうちにテントをたたみ、近くの吉野家で納豆定食を食べる。
8時、松本市を目指して出発した。

長野市内を抜け、川中島古戦場を見学。
日本史の教科書にも載るくらいの激しい戦があった場所であるが、今ではのんびりと犬の散歩をしている人がいる風景に戦国武将は驚くだろう。

2004.5.29-2.jpg
武田信玄と上杉謙信

2004.5.29-4.jpg
執念の石

その後、松代にある皆神山(標高672m)を登る。
この山は戦時中大本営になる予定だったことで知られる。

2004.5.29-5.jpg
皆神山

自転車に鍵をかけて早速登山をする。
山に登る人が多いせいか、道路が整備されて登りやすい。
頂上に到着して驚くことがあった。それは、この皆神山は世界最大のピラミッドらしいのだ。
なぜピラミッドなのかはわからないが、看板にそう書いてあった。
頂上には神社があり、旅の無事を祈り頭を下げた。

2004.5.29-6.jpg
青森に続いて、ここにもピラミッドが・・・

2004.5.29-7.jpg
皆神山の中腹にあった古墳

2004.5.29-8.jpg
皆神山ピラミッドの説明

2004.5.29-9.jpg
皆神山の民話

2004.5.29-10.jpg
何かの説明の石碑

2004.5.29-12.jpg
皆神神社の門

2004.5.29-11.jpg
皆神神社

皆神山を下山し、松本市を目指す。
アップダウンはあるものの、今までの道のりが大変だった分、楽に感じる。

16時頃に松本市内に入る。
洗濯物が溜まってきたのでユースホステルに宿泊することに。

ところが、ユース内にあるお風呂と洗濯機が使えないとのこと。
それだったらテント泊の方が良かったと思った。

市内にあるコインランドリーで洗濯し、その間、近くの温泉で体の疲れを取った。

2004.5.30-1.jpg
浅間温泉ユースホステル



距離:91.38km
積算距離:20950.85km
宿泊:浅間ユースホステル(2008年閉館)


■プロフィール■■■■■

profilephoto            

■新しいエントリー■■■

           

■最初から読む■■■■■

■アーカイブ■■■■■■

     

■カレンダー■■■■■■

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

■recommend ■■■■■

■リンク■■■■■■■■

               

■others■■■■■■■■

■モバイル■■■■■■■

qrcode
       

■powered■■■■■■■

無料ブログ作成サービス JUGEM