第031日目 2001年8月2日  北海道厚岸郡浜中町〜北海道根室市

朝から天気が良い。
海を見ながら進みたかったので県道を選んだ。

とある漁村を通った時、漁師とその家族が昆布を干すのに忙しそうにしている姿を見た。
一面に敷かれた玉砂利の上に、几帳面に昆布一本一本丁寧に置いていく。
真夏の強烈な日差しと玉砂利の照り返しの中での作業は、肉体的精神的にも大変だと思う。
その昆布がスーパー等で販売され、食卓に上がるわけだ。

食事の時に唱える食事訓に「五観の偈」(ごかんのげ)というのがある。
その一番最初に「一つには功の多少を計(はか)り、彼の来処(らいしょ)を量(はか)る」
すなわち、「今、口に入れようとしている食事はいただくまでに、いかにおおくの人々の手数や苦労があったかを深く考え、感謝していただきます。」という意味である。

私は、スーパーで売られている昆布しか知らない
だが、今回の旅で、漁師とその家族の昆布を干す姿を見て、店頭に並ぶまでに、色んな段階を得てるのを知って食べるのと、知らないで食べるのとでは感謝の念において天地ほどの開きがあると思った。


しばらくすると、遠くに自転車の3人組が見える。
追いついた後、数キロ程一緒に走った。
この3人組はセキレイ舘で一緒になった東京の中学生たちだ。

自分が中学生の時、友達3人で東京へ旅に行く計画を立てた事を思い出す。
結局、お互いの都合が悪くなり計画が頓挫してしまった。

この中学生3人組を見て、夏休みに自転車旅という素晴らしい体験が出来るのを羨ましく思う。


根室半島に入り、多少アップダウンはあるものの16時過ぎ本土最東端である納沙布岬に到着。
灯台をバックに記念撮影をした後、温根元の港周辺でキャンプする場所を探していたら漁師のおじさんに「プレハブだけど泊まっていけよ」と声をかけられる。

今日は花咲ガニなどを中心に漁をしている漁師のおじさんのプレハブ小屋に泊めてもらった。

2001.8.2-3.jpg
本土最東端納沙布岬



距離:94.9km
積算距離:1880.2km
宿泊:プレハブ小屋


第032日目 2001年8月3日  北海道根室市

朝起きて空を見ると、あいにくの曇り。
雨よりはマシかと思い、プレハブ小屋を8時30分に出発。

曇りのはずが、約10キロを過ぎたあたりでパラパラと雨が降り出してきた。
気圧を測ることのできる腕時計で、これからの傾向を調べてみたら回復するようなグラフだったので、思い切って地平線の見える中標津を目指した。

根室市内に入っても雨がやみそうもない。
どうしようかと迷っていたところへ、黄色い服を着た自転車日本一周中のおじさんに出会う。
とりあえず、雨が強くなってきたので、近くにあった明治公園の東屋に二人で駆け込んだ。

東屋のベンチに腰をかけて話を聞くと、日本一周中のおじさんは4月23日に九州を出発し、今この時点で約5000キロ走ってきたそうだ。
2000キロも走っていない私はまだまだだなと思う。

おじさんの自転車の装備を見ると半透明な防水パック(おそらくカヌー用品)に衣類を詰め込む等、雨に濡れない工夫が施されており見ていて飽きない。

「これはどこ製のバックですか?」

などなど質問攻めにしておじさんの時間を奪ってしまった。
雨が小降りになるまで約30分程話をして別れる。

結局、雨が止まない為、中標津へ行くのは延期。
再び温根元の漁師のおじさんに「もう一度泊めて下さい」と電話でお願いをしてプレハブ小屋を目指した。

プレハブ小屋の近くでは、漁師のおじさんがホースを持って何かを洗っている。
「また、戻ってまいりました!」と挨拶をしたら「おぅ、よく来たな」と歓迎してもらえた。

2001.8.2-1.jpg
自転車日本一周中のおじさん



距離:52.22km
積算距離:1932.4km
宿泊:プレハブ小屋


第033日目 2001年8月4日  北海道根室市

早朝のこと「ドンドンドン!ドンドンドン!」と激しく戸を叩く音が聞こえる。
私は眠い目をこすりドアを開けると、漁師の息子さんが今にも泣きそうな顔で立っていた。

「おやじとおふくろが死んでしまったよ」
「えっ!だって昨日、二人とも元気に仕事していましたよね?」
「実は、ここから車で自宅(根室市内にある)へ戻る途中、霧のせいでハンドル操作を誤ったらしい・・」

葬儀が終わるまで倉庫・プレハブ小屋は使わないから鍵を閉めて行くという。
急いで荷物を整理し自転車を息子さんの運転する車の荷台に乗せ、約20キロ先にある根室市内にある自宅に向かった。

車の中で息子さんが「一体これからどうすればいいんだ。神も仏も無いよなぁ」とポツリと言った。
私はこの一言に返す言葉が見つからない。

道元禅師の母親がお亡くなりになった時、立ち上る香の煙を見て、この世の無常を感じて仏門に入られた。
禅師は「仏法を学ぶには無常を感じる心が大切だ」とおっしゃっている。
「無常を感じる事」すなわち自分の命は永遠ではない、時間はどんどん過ぎ去ってゆく。
このことを自覚することによって、今を大切に修行しなさいという意味だ。
3歳の時に父親、8歳の時に母親を亡くされた道元禅師の言葉は重い。
しかし、私は心のうちで「無常を感じたって、目の前にいる悲しんでいる人を救えないじゃないか。今までの修行は一体何だったんだ。お坊さんも自転車旅もやめるしかないな」と思った。


根室市内の自宅に到着。
玄関のドアが開くまでの間が何とも言えない位長く感じる。

自宅の中に入り、奥の座敷には昨日まで元気に仕事をしていた漁師のおじさんとおばさんが顔に白い布をかけて布団にいるのが見えた。

線香に火をつけ香炉にさした時、見ず知らずの自分を笑顔で受け入れてくれたおじさんとおばさんの顔がうかんでくる。私は感情が表に出ないよう自分のももをつねってお経を唱えた。


その後、家族の方に挨拶をし、玄関を出たところで親戚と思われるおばさんが「気にしないで旅を続けるんだよ」と声をかけてくれた。
私は「泣きながら運転している息子さんに一言も声をかける事ができませんでした。お坊さんなのにごめんなさい」と謝った。

すると、親戚のおばさんは「あの場にいてもらっただけで良かったと言っていたわよ」と言ってくれた。
おばさんはショックを受けている私に気を使って言葉をかけてくれたのだろう。
本来なら自分が気を使うべきなのに・・・

私はこの「いてもらっただけで良かった」という言葉のお陰で救われた気がした。


距離:0km
積算距離:1932.4km
宿泊:インディアン・サマー・カンパニー(ライダーハウス)


第034日目 2001年8月5日  北海道根室市〜北海道標津郡中標津町

二日間という短い期間であったが、お世話になった漁師のおじさんとおばさん、そして息子さんの事を考えると寝る事ができなかった。

うとうとしだしたところで朝になり「気は進まないが少しでも前に進もう」と自分を奮い立たせた。

今日の目的地は、地平線の見える中標津にある開陽台。

周りは牧場という北海道的な風景を見ながら進んでいると、時間も正午になりお腹がすいてきたので古い建物の食堂に入った。

ガラガラと戸を開けて中に入ると、客は自分一人。
食堂内の高い所にラジオが置かれており、スピーカーから天気予報やニュースが流れている。
しばらく聞いていると、お世話になった漁師のおじさんとおばさんが亡くなったことを話していた。

「やっぱり昨日のことは夢じゃなかったんだ」と改めて亡くなられた事実を受け入れ、悲しみを打ち消すかの様に、ご飯をあまり噛まずに胃袋に入れた。


今朝は早く出発したせいか、意外と早くに中標津のライダーハウスに到着。
ここは、なかしべつ温泉に併設されるライダーハウスで24時間温泉に入れるとのこと。
重たい荷物をライダーハウスに預け、地平線の見える開陽台へ行ってみる。

地平線で有名と言いながらも、結構な坂道があり息が上がった。
何とか展望台へ登り外へ見てみると、山らしい山が無いため空と地面が真っ直ぐに見える。
その時「おおーこれが小学生の時、先生が言っていた地平線か!」と自分の目で確かめる事ができた。

今日は念願の地平線を見る事ができて多少うれしかったが、それ以上に悲しみの方が強く、この先旅を続けて良いのかどうか迷う自分がいる。

2001.8.5-1.jpg
開陽台北19号線

2001.8.5-2.jpg
開陽台展望塔からの眺め



距離:120.96km
積算距離:2053.3km
宿泊:ライダーハウスなかしべつ温泉(ライダーハウス)


第035日目 2001年8月6日  北海道標津郡中標津町〜北海道目梨郡羅臼町

もうやめろというサインなのだろうか?出発する前、自転車の後ろのタイヤをチェックすると布目が見えるほどすり減っている。
これでは標高700メートルの知床峠を越える事は難しい。
時間的余裕があったので、急遽中標津町内にあるサイクルショップでタイヤを交換してもらった。

自転車旅を始めて、35日で3本目の交換である。
新しいタイヤに交換してもらいひと安心するが、約12日に1本の割合は尋常じゃないペースだ。
苫小牧の妹の所で大分荷物を減らしたつもりだが、あんまり効果がともなっていないように感じる。

一番の原因は、自分の体重が重すぎるのだろうか?
漁師のおじさんとおばさんの事を考えていたら、体重がどうのこうの等、どうだっていい問題に思えてきた。

根室で「いてもらっただけでも助かった」という言葉を励みに、少しでも前に進んでみようかと思う。
進む事によって何かが得られるかもしれないし得られないかもしれない。


羅臼までは、国後国道という北方領土の国後島が間近に見える道路を進む。
道の駅知床・らうすを過ぎて、光苔洞窟に入ってみた。
苔が光るらしいのだが、どこがどう光っているのかよくわからない。

光苔洞窟をあとにし、県道87号線を進み行ける所まで行ってみる。
相泊に到着し、「キケン道なし!」の所まで行って引き返した。


今日の宿は、「熊の入った家」という名前のライダーハウス。
実際、熊が入って家の中を荒らしたらしい。

2001.8.6-1.jpg
行き止まりの相泊 
この先の知床岬へは、数日歩いて行かないと着けないらしい。
しかも、熊が多く危険極まりない。



距離:112.81km
積算距離:2166.2km
宿泊:熊の入った家(ライダーハウス)



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