1.ケガに対して異常な恐怖

私は小学1年の頃、自転車が大嫌いだった。
なぜなら、倒れてケガをすることに異常なほど恐怖を持っていたからだ。
いつも、のびのびと自転車に乗っている友達の姿を見て心の底からうらやましく思った事を今でも覚えている。

「みんなは当たり前のように乗れているのに、なぜ俺は乗れないのだろう・・・・」

今思うと笑ってしまうところだが、その当時、自転車に乗れないことが自分にとって深い悩みの一つだった。
放課後、友達数人と一緒に自転車で土手や山に遊びに行くわけだが、補助輪を付けての移動はダントツに自分が遅かった。

「これじゃいけない」と父に補助輪を外してもらったが、今度はバランスを崩して乗ることができない。
補助輪の無い自転車に乗ることが怖かった私は「自転車が壊れたから」と理由をつけて、しばらくの間、歩いて遊びに行っていた。

しかし、この状況が変わる時が来た!

それは夏の暑い夕方。私は庭先で自転車の練習をしていると、偶然にも1〜2秒ほど車輪の勢いで進む事があった。

「おっ、何だこの感覚、もしかして乗れるかな・・・」

ここで止めてしまうのはもったいないので、暗くなるまで練習。
最終的に足も着かずに約5・6メートルほど進む事が出来た。

「よーし、明日は道路に出てみよう」

交通量の少ない緩やかな坂で練習してみた。ちょっと怖かったが、坂の勢いを利用してみると、昨日よりも長く乗っていられることがわかる。

「1・2・3・4・5。今日は5秒も乗れたぞ!やった!」

と思ったのも束の間、ハンドル操作が甘くて田んぼに落ちてしまった。
幸いにも田んぼの泥がクッション代わりになって怪我はなかったが、少しでも乗れる事の方が数倍もうれしかった。

派手に田んぼに落ち、転ぶ事に抵抗が無くなったお陰で、自転車に乗れる時間が5秒から10秒、10秒から20秒と伸びていった。

これだけ乗れたらしめたもので、ぎこちないながらも、いつの間にかみんなと一緒に遊びに行けるようになっていた。

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自転車に乗れるよう練習した坂


2.蔵王山が教えてくれた事

小学生の頃、自宅から学校まで約600メートルの距離があった。
大人になった今と違って、小さい頃というのは、600メートルの距離でも、かなり遠いように感じていたものだ。

金栄橋を過ぎ、小学校近くまで来ると、小富士山・羽山の右側に蔵王が見えてくる。
特に、空気の澄んだ冬の蔵王山はとても綺麗だ。

「やっぱり、日本一の富士山だなぁ〜」

小学一年の頃、この綺麗な山、蔵王山の名前は知るはずもない。
本気で日本一の山、富士山だと思い込んでいたので、住んでいる所は、静岡か埼玉近辺だと信じていた。

家に帰って、自分はどこに住んでいるのか父親に聞いてみたら、宮城県だという。
宮城県ってどこだと思い、地図を見せてもらったら自分がイメージしていた場所と違って驚いた。

「な・なんだ、丸森って・・・・じゃあ、あの山は富士山じゃないの!」
「あの山は、蔵王山って言うんだ」
「えっ!」

その時は、ショックだった。
なぜなら、自分は日本一の山・富士山の近くに住んでいるものだと思っていたからである。

それ以来、私は、あの山は蔵王山で、住んでいる所は宮城県伊具郡丸森町と認識するようになった。

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富士山だと思っていた蔵王山

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3.コロコロコミックと遠乗り

年齢が10歳になる頃にはマンガ雑誌の一冊や二冊読みたくなる年代で、自分のお気に入りは毎月15日に発売される「コロコロコミック」が心の友であった。

この「コロコロコミック」は当時人気があったマンガ雑誌であったにも関わらず、地元の商店では1冊だけしか置いていない。

15日の放課後、「絶対手に入れる!」と心に誓い、急いで家に帰る。
そして330円を握りしめ、〇〇商店入口にある雑誌の陳列棚の前「コロコロコミック」を探すことが月一の自分の行動だった。

地元に1冊しか置いていない「コロコロコミック」を手に取ると「ズシッ!」とくる本の重みと分厚さ、そしてドラえもんをはじめとした各主人公の華やかな表紙を見て、小学生ながら優越感にひたらせてくれるオーラがこのマンガ雑誌にはあった。

15日のある日、小銭を持って商店入口にある雑誌の陳列棚の前で一生懸命に探すが、どこにも無い。

「おばさん、コロコロコミックはどこにあるの?」
「もう、売れちゃったよ」
「えっ、売れちゃった?どいうこと?」
「近所の男の子が買っていったよ」

実は、自分の他にも読者がいたのだ。
それも当り前の話で、あれだけのページに当時の流行りであったファミコン・ラジコン・ビックリマンチョコのシールなどの情報、そしてドラえもんをはじめ面白いマンガがぎっしり詰まっていたのだ。

「俺もコロコロコミックが読みたい!」

何とかならないものかと考えた末、本屋のある丸森まで自転車で行って「コロコロコミック」を買う事に決めた。

翌日、お金をポケットに入れ、国鉄バスでしか行ったことのない約4〜5キロ先にある丸森の町へ向けてペダルをひたすら漕ぐ。

その当時、金山小学校では、自転車の遠乗りを禁止していた。
理由は、おそらく、他校との生徒とのケンカ、そして交通事故防止のためであろう。

「先生に見つかったらどうしよう・・・」

と思ったが「コロコロコミック」の魅力には勝てなかった。

ようやく、丸森の町中へ到着。
そして本屋で念願の「コロコロコミック」を手に入れた。

帰り道いつもバスでしか行ったことのない丸森の風景が違って見え、自分の足で遠くに行ったことに達成感を覚える忘れられない一日となった。


コロコロコミック創刊100号と、それを記念したまんが大全集


2冊合わせて1640ページ


創刊100号を記念した、コロコロコミック少年団のパスポート




まんが大全集より


4.千葉先生の自転車

千葉先生は、自分が小学4年から6年までの3年間、担任をした先生である。
授業でわからない所があると、放課後に根気よく教えてくれるやさしい先生だ。

ある日、土手を歩いて学校へ登校していると、「おう!」と後ろから声をかける人がいる。
「怪しい人だったら逃げよう」と心の準備をしていたら、担任の千葉先生だった。

よく見ると、フレームが細くてカッコいい自転車に乗っている。
おそらく生徒に見てもらいたいのだろう。

「先生、自転車買ったの?」
「この自転車カッコいいだろ。値段は秘密だけど高かったなぁ」

自転車の色は銀色でタイヤが細くてスピードが出そうだ。
ハンドルは今まで見たことも無いドロップハンドルで余計なモノは一切付いていない。

今まで、機能満載が全てだと思っていた自分は、千葉先生のシンプルでカッコいい自転車を見て「将来こんな自転車に乗りたい」と憧れを抱いた瞬間だった。


イメージ


5.新しい自転車が来た

「今乗っている自転車小さくなっただろ、このカタログから選びなさい」

父からの突然の言葉に、うれしさを感じずにはいられなかった。
数日間、自転車のカタログを見る生活が続いた。

「これがいい」

と父に希望を伝え、自転車が来るまで待ちに待った。

学校から帰ってくると、見慣れない自転車が置いてある。

「ち・違う・・・・」

必要最小限のシンプルでカッコいい自転車が欲しいと思っていた自分だが、希望に反して買ってもらったのは、ウインカー付のフラッシャー自転車だった。

周りの友達M山やS藤も、これと同じ自転車だったことを考えると、自転車屋で何台か仕入れた様子がうかがわれる。

他人と同じものが嫌いな性格の自分は、心の底からがっかりしたが、乗って見ると意外と乗りやすい。

「結構、いいじゃないか!」

今まで小さい自転車に乗っていたので、この大きな自転車のスピード、そして6段変速の威力に驚いた。

買った当時がっかりした自転車だったが、小学校5年生から乗り始め、中学校・高校と8年間お世話になった。
この自転車が無ければ、今の自分はなかっただろう。

楽しい思い出をありがとう。

今では物置にひっそりと置いてあるが、いくら錆びても捨てるつもりはない。



下書きをするほど、新しい自転車を待っていた!しかし到着したのは、違う自転車だった。


フラッシャーを取り外すなど、ささやかな抵抗が見てとれる。


6段変速


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