第061日目 2001年10月7日  北海道小樽市〜北海道岩内郡岩内町

「パフパフ!」7時に、おしょろ名物起床ラッパが鳴った。

寝袋をたたみ、一階に降りて朝食を食べる。
昨日に引き続きボリュームがあって実にいい!


レストハウスおしょろのオーナー夫妻にお礼を言い積丹岬目指して出発。
朝から天気が最高、海を見れば綺麗なブルー、山を見れば葉っぱが黄や赤でとても鮮やかだ。
北海道の旅は夏よりも秋の方がいいのかもしれない。

2001.10.7-2.jpg
(ローソク岩)

2001.10.7-4.jpg
(日本の渚百選 島武意海岸)

2001.10.7-3.jpg
(積丹岬からの眺め)

積丹岬に到着。
駐車場は観光バスでいっぱいだ。

観光はそこそこにして、岩内目指して出発する。

「なんか変だな?」

逆風じゃないのにペダルを漕ぐのが大変だ。
自転車から降りて後ろのタイヤを触ってみると、空気が微妙だが抜けている。
荷物を取り外し、目を凝らしてタイヤを確認してみるとホッチキスの針のようなものが刺さっていた。
何とか修理し、空気をパンパンに入れてペダルを漕いだらスムーズに進むことができた。

今日くぐったトンネルは41。
昭文社のツーリングマップルによると、平成8年に積丹半島一周できるようになったと書いてある。
トンネルの多さは積丹半島における地形の過酷さを物語ると言っても言い過ぎではない。

地図を見ると、明日もトンネルが多いようだ。



距離:117.94km
積算距離:4065.4km
宿泊:岩内の民宿


第062日目 2001年10月8日  北海道岩内郡岩内町〜北海道奥尻郡奥尻町

奥尻島へ行く為に朝早く民宿を出て、岩内の道の駅で弁当を食べた。
確認の為、地図を見ると瀬棚のフェリー乗り場まで25ものトンネルを抜けなければならない。
昨日の41より少ないとはいえ、25は多い。

トンネルの何が嫌かというと、ダンプが来た時の「ゴーッ!」という音の反響が、まるで怪物にでも追われるかのようで本能的に恐怖を感じるところだ。

歩道の無いトンネルの場合「今、自転車で走っているんだ!」とアピールしなければ、車に接触してしまうおそれがあるので、運転手から見て目立つような黄色いウインドブレーカーを着て進んだ。
旅をするにも命がけだ。


10月も過ぎるとライダーが、めっきり少なくなりピースサインが懐かしい。
季節外れの海の風景を楽しみながらペダルを漕いでいると、マラソンの先頭集団?のようなのが見えてきた。

「な・何だあれは・・・」

どんどん近づいてくる。
よく見たら、20人以上の自転車の集団だった。
札幌にでも向かうのだろうか?

14:30頃瀬棚へ到着し、フェリー乗り場に行ってみる。
時刻表を見ると奥尻島へは20分後の14:50に出航予定だ。
ベストタイミングだったので、早速、乗船券を購入し奥尻島へ渡ることにする。

波に揺られ16:30に接岸
宿を決めていなかったので観光案内所のおばさんに教えてもらった。


(岩内から瀬棚)


(奥尻島)

距離:114.92km
積算距離:4180.3km
宿泊:辺見(民宿)


第063日目 2001年10月9日  北海道奥尻郡奥尻町

朝起きて窓の外を見ると、抜けるような秋晴れ。
今日は荷物を民宿に預け、島を一周するつもりだ。

奥尻島の最北端、稲穂岬の賽の河原を訪れてみた。
親に先立って死んでしまった子供が行くところが賽の河原といわれている。

「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」

父母の供養のため子供は石を積むわけだが、あともう少しという所で、鬼が来て破壊する。
また、子供は供養のため石を積む。そして鬼が破壊する。
石を積む行為が永遠に繰り返しするところが賽の河原。
最後はお地蔵さまによって救われるといわれている。

お地蔵様の周辺には、おびただしい石が積んであり、そこからキャンプ場が見える。
その時、この世とあの世の境に自分がいるような錯覚におちいった。

賽の河原には、北海道南西沖地震で犠牲になられた方の慰霊碑がある。
次の目的地を目指す前、碑に向かい手を合わせて冥福を祈った。

2001.10.9-4.jpg
(奥尻島のパンフレットより)

稲穂を越え、砂利ダートの坂道、約5キロをひたすら自転車を押して歩く。
標高248mを越えたら、あとは八十八曲がりといわれる坂を下った。

2001.10.9-1.jpg
(八十八曲がりからの紅葉風景)

上を見れば、赤や黄の紅葉のトンネル。
「来て良かったなぁ〜」と心から思える風景だ。

2001.10.9-2.jpg
(奥尻島のどこかの海)

島の東側は温泉有り、奇岩あり、海はブルーでとても素晴らしい。
ふと、崖を見ると「23m」と書かれた看板があった。
そう、今から8年前の津波が上がったところだ。

きれいな奥尻の風景に忘れてはならない過去がある。
私は島の最南端にある青苗岬に奥尻島津波館へ行った。
ここは島を襲った津波を後世に伝える施設である。

津波館を見学して、当時高校生だった8年前、TVで見た衝撃がよみがえってきた。
奥尻島は復興したが、恐ろしい地震・津波の経験を風化させることなく後世に伝えていって欲しいと思う。

2001.10.9-5.jpg
(奥尻島津波館のパンフレットと入場券)

青苗岬を境に島の西側を進む。
奥尻手前に鍋釣岩という、まるでドーナツのような奇岩を見学する。
まもなく、民宿に到着し、明日に備えて自転車の整備をした。

2001.10.9-3.jpg
(鍋釣岩)



距離:68.49km
積算距離:4248.8km
宿泊:辺見(民宿)


第064日目 2001年10月10日  北海道奥尻郡奥尻町〜北海道桧山郡江差町

フェリーで瀬棚へ行くべきか、江差へ行くべきかで迷っていた。
時期も時期だけに一日でも早く南の江差へ行きたかったが、北海道を途切れることなく一周したいという気持ちが強かったので、北の瀬棚からスタートすることに決めた。

7時20分、奥尻から瀬棚へ向けて出港。
起きるのが早かったせいか、とても眠い。

もう少しで瀬棚港に着岸するという放送を聞いて目が覚めた。
フェリーから降りると、やたら風が強い。
今日の天気は雨の予報だったが、「風の強い日は、雨は降らない」という言葉を信じて江差へ向けて出発。
「いつ降るか、いつ降るか」と心配しながらの走行だったので、精神的に疲れた。

幸いにも雨に降られず江差に到着。
現在走っている北海道南部の渡島半島には、太平洋側・日本海側ともにライダーハウスが無い。
しかも今夜の天気、空模様から想像してテント泊は無理だろうと判断し、観光案内所へ行って安宿を紹介してもらった。

一ヶ所目に行ってみたら休業中の張り紙。
次の宿に行ってみたら満員でダメ。
青森の六ケ所村で5軒断られた悪夢が蘇ってくる。

何とか三軒目の旅館に泊めてもらう事ができた。



距離:89.5km
積算距離:4338.3km
宿泊:辻旅館


第065日目 2001年10月11日  北海道桧山郡江差町

朝からため息をつく。
理由は、今日一日雨だからだ。
しかし、5日間ずっと自転車で進んできたということもあり、体を休める意味で連泊することに決める。

小雨になれば江差の町を散策する予定だったが、雨の降りは強く、午前中はずっと旅館にいた。
昼になりお腹が空いてきたので、傘をさして近くの喫茶店で食事をした。

その後、本屋に行く。
欲しい本があったが、荷物になるので目を通すだけにした。

明日、雨が止んだら松前まで行ってみたい。


距離:雨のため進んでいない
積算距離:4338.3km
宿泊:辻旅館



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